結論
私がクラシックギターを初めて手にしたのは33歳の時でした。
きっかけは単純です。
「モテたかったから」
今思えば、なかなか不純な動機ですね。
ちなみに結果から言うと、クラシックギターでモテた記憶はありません(笑)。
しかし、この出会いは私の人生を大きく変えることになりました。
動機よりも没頭したクラシックギター
始めてみて分かったのは、クラシックギターという楽器の奥深さでした。
まず、指で弾くこと。
そのために爪の手入れも欠かせません。
コードを使うこともありますが、基本的には五線譜を読みながら演奏します。
そして曲がとにかく難しい。
基礎練習も非常に重要です。
知れば知るほど、私はクラシックギターそのものに惹かれていきました。
4年間の成果
上達には個人差があります。
幼い頃から始めた人はやはり上達が早いですし、きちんと教室で習った人は正しい練習方法を身につけやすいと思います。
私は幸運にも先生について学ぶことができました。
弾ける曲数はそれほど多くありませんでしたが、ある程度のレベルまでは到達できたと思っています。
クラシックギターは「本当に弾けるようになるまで10年かかる」とも言われる世界です。
その奥深さに魅了されながら、4年間練習を続けました。
挫折と忙しさ
そんな私にも挫折が訪れます。
大きな壁となったのが「大聖堂」という難曲でした。
練習しても思うように弾けず、何度も苦戦しました。
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曲/クラシックギター
大聖堂(La Catedral)
YouTubeより引用
この曲に挑戦し、見事に心を折られました。笑
最初から最後まで集中力と技術が求められる難曲です。
一部だけ難しい曲ではありません。
私が一緒にアンサンブルを組んでいたメンバーには、この曲を得意とする人もいました。
同じ曲を弾いているのに、まるで別世界でした(笑)。
さらに仕事も忙しくなり、ギターに向き合う時間が少なくなっていきました。
そして気が付けば、クラシックギターから距離を置くようになっていました。
再会のきっかけ
仕事が少し落ち着いた頃でした。
再びクラシックギターへの情熱が湧き上がってきたのです。
もちろん、もう「モテたい」という気持ちはありません(笑)。
私は再び先生の門を叩きました。
実に8年ぶりの再開です。
指は思うように動きませんでしたが、昔の感覚を取り戻すのは意外と早いものでした。
あの4年間は無駄ではなかった。
そう実感できたことが何より嬉しかったのを覚えています。
再び遠のくギター
しかし人生は思い通りにはいきません。
親の介護をきっかけに転居することになりました。
田舎へ引っ越してからもしばらくは練習を続けていましたが、さまざまな事情が重なり、再びギターから遠ざかってしまいました。
三度目の挑戦
そして今です。
運命とは不思議なものです。
また情熱の炎がメラメラと燃え始めています。
2年ぶりに、もう一度クラシックギターへ挑戦しようと思います。
今度の目標は「モテること」ではありません。
純粋に、あの頃の続きを弾きたい。
そしていつの日か、「大聖堂」を自分なりに弾き切りたいと思っています。

まとめ
33歳の時、「モテたい」という不純な動機で始めたクラシックギター。
しかし気が付けば、それは人生を豊かにしてくれる大切な趣味になっていました。
これから、このブログではクラシックギター再挑戦の記録もお届けしていきます。
皆さん、応援よろしくお願いします。
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最後に
そしていつか、ゲストハウスをオープンした時には、お客様の前で「大聖堂」を演奏できるようになることが今の夢です。
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投稿者:AndanteSmiles
AndanteSmilesは、 宿泊施設でも、観光施設でもありません。 ここは、時間の流れそのものを体験するための場所。 ⸻カンタービレ、アンダンテ、モデラート。 三つの名前は、それぞれ異なる“速さ”を持っています。 火のある時間。 静けさに戻る時間。 整えられた日常の時間。 そのどれもが、ただの滞在ではなく 「感じるための時間」として存在しています。 ⸻ この場所には、完成という概念がありません。 少しずつ手を加えながら、少しずつ変化し続けていく。 それは未完成ではなく、進行している状態そのものが完成であるという考え方です。 ⸻ 薪の火、木の梁、屋久杉のテーブル。 ヒノキ風呂、星空、風の音。 そして、何もしない時間。 ここにあるのは、特別なサービスではなく 記憶として残る体験そのものです。 ⸻ AndanteSmilesは、 「泊まる場所」ではなく「思い出し続ける場所」でありたいと考えています。 ⸻ もしこの場所に意味があるとすれば、 それは“何かをするため”ではなく、 ただ在ることの価値を思い出すための場所であることです。筆者:AndanteSmiles
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